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自衛官のリスク、今でも十分すぎるほどリスクは高い現実を考えてください!


海外で平和維持活動をする自衛隊の部隊に自分も一緒に居ることをイメージしてください。


現地住民を保護してきたアメリカ軍など外国の部隊が前方に見えるとします。



後方から敵対する部隊やテロ集団などが小銃やロケット砲などで攻撃しているのが見えるとします。



現地住民や外国の部隊は、自衛隊のキャンプが近くに見えたので、こちらに向かって逃げています。当然自衛隊に助けを求めます。



しかし、自衛隊には集団的自衛権を行使することができないので、現実的には助けることはできません。



そこで、自衛隊は危険を承知で向かってくる部隊の中に入って行きます。つまり、自衛隊が避難民の中に入ることによって日本人が直接攻撃にさらされるようなことになれば、個別的自衛権、正当防衛を行使できることになるわけです。

みなさん、どうですか?


じつは、この様子は若干想定に相違はあるものの、今実際に自衛隊がおこなっている現実の行動なのです。今現在でも自衛隊はこれだけのリスクを背負っているわけです。

もし、集団的自衛権が行使できるのであれば、向かってくる味方の部隊や現地住民を保護するために攻撃している部隊に対して、威嚇攻撃などで応戦すれば多くの人を保護できるわけです。


もっと自衛隊の現実的な活動を知ることによって、日本の安全保障とはどういうことか、考えてみてください!


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竹島データ(外務省「日本の領土をめぐる情勢」より)

概要
東島(女島),西島(男島)の2つの島とその周辺の数十の小島からなる群島。島根県隠岐の島町に属する。

位置
隠岐諸島の北西約158キロメートル,北緯37度14分,東経131度52分の日本海上に位置している。

面積
総面積は約0.20平方キロメートル。

自然
各島は,海面からそびえ立つ急峻な火山島であり周囲は断崖絶壁をなす。また植生や飲料水に乏しい。

日本人による利用
17世紀初めには,あしかやあわびの漁猟の好地として利用した。特にあしか猟は,1900年代初期から本格的に行われるようになった。



我が国が古くから竹島の存在を認識していたことは,多くの古い資料や地図により明らかになっています。17世紀初めには,日本人が政府(江戸幕府)公認の下,鬱陵島に渡る際,竹島を航行の目標として,また船がかり(停泊地)として利用するとともに,あしかやあわびなどの漁猟にも利用していました。遅くとも17世紀半ばには,我が国の竹島に対する領有権は確立していたと考えられます。

1900年代初期,島根県の隠岐島民から,本格化したあしか猟事業の安定化を求める声が高まっていました。こうした中,我が国は1905(明治38)年1月の閣議決定により竹島を島根県に編入し,領有意思を再確認するとともに,その後官有地台帳への登録,あしか猟の許可,国有地使用料の徴収などを通じた主権の行使を他国の抗議を受けることなく平穏かつ継続して行いました。こうして,既に確立していた竹島に対する我が国の領有権が,近代国際法上も諸外国に対してより明確に主張できるようになったのです。


1952年 サンフランシスコ平和条約が発効された。(1951.9.8署名、1952.4.28発効)
同条約を起草していた米国に対し、日本が放棄すべき地域に竹島を加えるように求めました。しかし、米国は、「竹島は朝鮮の一部として扱われたことはなく日本領である。」として韓国の要請を明確に拒絶しました。(日本が放棄すべき地域として「済州島,巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮」とされました。)つまり国際秩序を構築したサンフランシスコ平和条約において、竹島が我が国の領土であることが確認されています。その後は、日米安保条約など日米間の協定に基づいて、竹島を「爆撃訓練区域」として米国が使用していました。

1952年1月 すでに署名(1951.9.8)されたサンフランシスコ平和条約が発効される直前になって、韓国はいわゆる「李承晩ライン」を一方的に設定し、竹島を取り込み、日本からの厳重な抗議にもかかわらず、その後竹島に警備隊員などを常駐させ、宿舎や監視所、灯台、接岸施設などを構築してきました。

韓国の行為は、国際法に反した不法占拠です。

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韓国の過剰な報道に怒りを感じる人も。。。

産経新聞報道によると、戦前から戦後にかけ、世界遺産群の対象ではないが、福岡県福智町(旧田川郡方城町)の方城炭鉱に勤務していた福岡市在住の田中好子さん(89)が、産経新聞の取材に応じ、炭都として活気に満ちあふれた当時の様子を淡々と語った。 (九州総局 奥原慎平)

田中さんが炭鉱について話そうと思ったのは、韓国政府が炭鉱労働に関して朝鮮半島出身者の被害ばかりを強調し、「長崎市沖の端島炭坑(通称・軍艦島)など世界遺産群の登録に反対していることに違和感を覚えた」からだ。自らが経験を若い世代に語り継ぐ責任があると思ったという。

 田中さんは「過酷な労働環境だった分、実入りも多かった。朝鮮半島出身者も日本人に負けじと働いて稼いでおり、私の知る限り出身地による差別なんてなかった」と証言する。

 職場や社宅での仲間同士の呼び方にその一端が垣間見えた。

半島出身者も日本人も同じ待遇


記事URL http://www.msn.com/ja-jp/news


ニュース報道を見ればわかるように、中国や韓国といった人たちの感情表現というものは日本とはまったく違う、自分や自分の家族が受ける不利なことは身体全体で表現する。日本的感覚で言えば、大げさ!なのである。
表現は自由なのでかまわないが、日本に対する報道はあまり信用しないほうが良い。慰安婦問題も同様、私が聞いている限り戦時中は韓国人、中国人も日本軍に取り入り、女性を慰安婦としてつれてくる者がほとんどだったと言う。また、生活苦などもあり自分から慰安婦に志願してくる女性も多かったと、まぁ普通に考えれば理解できる。
そんな中で、日本軍が自ら女性を拉致して慰安婦にする必要など当時なかったと思います。仮にそのようなことがあったとしてもごく少数でしょう。

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